ストーリー講座

サラさんと最強の囲い

最強の囲いは何か?
多種ある将棋の囲いをルール無しでつぶしあった時……
ゲームではなく待ったありソフト指しありの『真剣』で戦った時
最強の囲いは何か?
今現在 将棋の最強の囲いは決まっていない

(『喧嘩商売』パロ)

将棋コンテンツとして「楽しみながら将棋の勉強ができる」ことをコンセプトに試作品を作ってみました。
「サラさん」と「ななみさん」というキャラクターが出てきますが、拙著「サラの柔らかな香車」に出てくるサラと七海とはかなり違ったものとなっています。生温かい目で見てやってください。

将棋ガールズ(登場人物)

サラさん:天才肌の少女。いたずら心を抑えるのはたぶん無理。

ななみさん:真面目な女の子。サラさんに振り回される。

※キャラクターはCARAT様にて作成しました。便利なサイトがあったもんだ。

サラさんと最強の囲い

サラさんからのライン

とある休日の昼下がり、ななみさんが部屋で小説を読んでいるところに、サラさんからのラインが入ってきました。

サラさん
サラさん
最強の囲いを発明した。すぐにななみさんに見せたい。
今すぐきて。走ってきて
ななみさん
ななみさん
無茶言わないの。最強の囲いって……穴熊囲いでしょ
サラさん
サラさん
穴熊囲い?聞いたことあるけどどんなのだっけ?

サラさんは最近将棋を習ってドはまりしているのですが、基本的なことを全く覚えようとしないのです。委員長的な性格のななみさんは、そんなサラさんについつい親切に教えてしまうのでした。

ななみさん
ななみさん
こんな感じの囲いだよ
「穴熊囲い」。香車の下のすみっこに玉がいるとなんとなく穴熊囲いだ。最強の囲いだと思うんだけど、サラさんの考えはどうやら違うらしい……。
サラさん
サラさん
強そうだけど、わたしの発明した囲いのほうがすごい。穴熊とかたぶんワンパン 
ななみさん
ななみさん
へぇ。じゃあ、サラさんの”最強の囲い”の写メ送ってみてよ
サラさん
サラさん
わかった~。はい

ななみさん
ななみさん
これ、後手のほうの囲いだよね。 無敵囲いじゃない!
サラさん
サラさん
無敵囲い!最強にふさわしい名前!!わたし、気に入った!
ななみさん
ななみさん
あのねー。無敵囲いの”無敵”っていうのは本当に無敵なわけじゃなくて、初心者の人がよく使うのを揶揄して言ってるんだよ

ななみさんの言う通りで、無敵囲いは上級者になると使わなくなる囲いなのです。ただ、とある筋のデータによると将棋上級者の99.9%が過去に無敵囲いを得意戦法にしていたことがあるそうです。実はななみさんも「むてきがこいさいきょー」と心の中で叫びながら指していた時期があったのです……。

サラさん
サラさん
嘘だ。わたしの囲いは最強だもん。ななみさんはわたしに最強の囲いを使わせたくないんだ
ななみさん
ななみさん
私はサラさんのことを思って言ってるんだよ。無敵囲いは最強じゃない。どちらかというと最弱なんだよ
サラさん
サラさん
じゃあ、確かめてみよう。わたしの無敵囲いとサラさんの囲いで勝負するんだ。
今すぐきて。走ってきて
ななみさん
ななみさん
…………。今から行く
こうして毎度のことながらサラさんに踊らされるななみさんなのでした。

無敵囲いvs穴熊囲い

部屋に入ると、サラさんは既に盤駒を並べて正座をしていました。

サラさん
サラさん
待っていたぞ。ななみさん!

昔の漫画のセリフのパロディらしいです。お父さんの影響かサラさんにはちょっと変わったサブカル知識があるようです。

ななみさん
ななみさん
誰の囲いが最強か教えてあげる!

将棋はななみさん先手、サラさん後手で始まり下図のように進みました。穴熊囲いvs無敵囲いの展開ですね。

ここで突如、サラさんが長考に沈みます。30分過ぎても、1時間が過ぎても指そうとしません。いつもは1手3秒ぐらいで指すサラさんには珍しいことです。

ななみさん
ななみさん
サラさん、大丈夫?どこか具合悪い?
サラさん
サラさん
ななみさんのほうこそ大丈夫?わたし、まだまだ考えるからトイレに行きたくなったら行ってきていいよ 

サラさんは走ってきたななみさんに気を使ってか、珍しく冷たいジュースを出してくれていたのでした。

ななみさん
ななみさん
わかった。じゃあ、ちょっと借りるね
度が過ぎた長考というのはあまりよいことではありません。しかし、やっとサラさんも落ち着いてものごとを考えられるようになったのかもしれない――と思うと、ななみさんもこれまでの付き合いが無駄ではなかったと少しうれしくなるのでした。

最強の囲いの正体

ななみさん
ななみさん
サラさんもよく頑張ったけど、この将棋は私の勝ちだよ。うん。サラさんが弱いんじゃないの。無敵囲いがひど過ぎるんだよ
棋力的にもななみさんのほうがかなり強いのですが、優しく言い聞かせるのがななみさんのやり方なのです。
サラさん
サラさん
甘いよ、ななみさん。将棋ってそんなに単純なものじゃないんじゃないかなーー
ななみさん
ななみさん
そんなこと言ったって、あと一手でサラさんの玉は詰むんだよ。初級者のサラさんでもわかる詰みだよね
サラさん
サラさん
それはどうだろうね――
サラさんは意味ありげに囁きます。
何だかよくわからないけれど、自分にない何かを持っている――。
いつも振り回されながらもサラさんから離れられないのはそういうところがあるからなのでした。
どう見ても▲6一龍(あるいは▲6一角成)までの一手詰です。
ななみさんは何か罠がないか何度も確認をして盤上に手を伸ばします。
まずは6一の金を駒台に載せて……。

――が。

ななみさん
ななみさん
取れないっ。えっ、なんで取れないの!?
6一の金はまるで瞬間接着剤で貼り付けられたかのように、盤に貼り付いて取れないのです。
無理に取ろうとすると、将棋盤のほうが持ち上がってしまいそうになります。

サラさん
サラさん
ななみさんは”真空アタック”って知ってる?
ななみさん
ななみさん
何よ……それ
サラさん
サラさん
「365歩のユウキ!!!」って漫画に出てきた必殺技で、強烈に駒を打ち付けることによって盤と駒の間に真空状態を作り出し、離れなくする技のことだよ。具体的にはこれのことだよ
饒舌に語るサラさんは本棚から少し古い漫画を取り出して、ななみさんに見せてくるのでした。


引用:「365歩のユウキ!!!」第2手 将棋の女神(1)、西条真二、小学館、BookLive!コミック/銀角さんの必殺技「真空アタック」の瞬間

ななみさん
ななみさん
まさか、サラさんがその技を―― 。どうりで加藤先生みたいな勢いで盤に駒を打ち付けてると思った
いやいやいや……。流石にそれは無理筋でしょう。
ななみさんもすぐに気付きます。何かかすかに匂うのです。
ななみさん
ななみさん
サラさん。そのスカートのポケットに入れているもの出して。いいから、出して
サラさんのポケットから出てきたのはチューブでした。
わさびとか辛子ではなく……瞬間接着剤のそれです。

ななみさん
ななみさん
私がトイレに行っている間にサラさんは、無敵囲いの駒達と盤との間を瞬間接着剤で固めた――
サラさん
サラさん
物理的に最強の囲い――。それがわたしの”無敵囲い”。”セメダイン”とでもルビを打とうか――
ななみさん
ななみさん
確かに堅そうだけど、商品名はダメー!!
っていうかどうするの!盤も駒も結構いいやつだよね。
サラさん
サラさん
パパの奨励会退会駒だよ
ななみさん
ななみさん
ぎゃー!!!
―そこに、ななみさんの悲鳴をきいたサラさんのお父さんが駆け付けてきました。
大切な「かそーつうかえふえっくす」というお仕事を中断してまでやってきたのでした。

最強の囲いと”ゼット”

ななみさん
ななみさん
し……叱らないんですか?
駆け付けたサラさんのお父さん(サラパパ)は、二人のことを気遣うばかりで瞬間接着剤で駄目にしてしまった盤駒のことで叱ろうとはしなかったのです。

サラさん
サラさん
パパはいつもこうだよ
サラさんはどこか自慢げです。ななみさんは少しむっとしてしまいました。

ななみさん
ななみさん
サラパパさんもサラパパさんです。大人が叱るべき時に叱らないからサラさんが――
「こんな子供に育ってしまった」
ななみさんはその言葉を続けることができませんでした。
ななみさんは”こんな子供”に育ってしまったサラさんのことがどうしても嫌いになれないのです。
サラパパ
サラパパ
奨励会退会駒もサラの勉強のためになるならいいんだよ。一番いい使い方だ。だけど、勉強にならないんだったら父さんも辛い。この機会に”ゼット”について教えてやろう 。ななみさんも、いいかな
やっぱりサラパパは甘過ぎるなぁ……と思いながらも、ななみさんは頷きました。

ゼットというのは「絶対詰まない状態」という意味で、「ゼ」などと呼ばれたりもします。自分の玉がゼットの時は、大量に駒を渡して相手玉に迫ることが可能です。

たとえばゼットの中でも「桂馬を渡さない限り詰まない」というものを「桂馬ゼット」、「角銀を渡さない限り詰まない」というものを「斜めゼット」などと呼びます。終盤戦で互いの勝利条件を考える時に役立つ思考法と言えるでしょう。

→ゼットの具体例は別の講座で解説しています。

サラパパ
サラパパ
じゃあ、必要最小限の駒を使って”最強の囲い”を考えてみようか。もちろんポケットにセメダインが入っている時限定のやつだ
勉強のヒントを残すと、サラパパはそそくさと部屋を出ていきました。娘の友達が遊びにきているところに父親が長居するのは無粋だと気づいたようでした。

最小限で最強の囲い

サラさんと七海さんは”最小限で最強の囲い”について検討していきます。

ななみさん
ななみさん
普通に考えるとこんな感じ?
サラさん
サラさん
もっと駒を減らしてみたー
ななみさん
ななみさん
それは先手が桂馬を持っていたら▲2三桂に身動きとれなくなっちゃうよ
サラさん
サラさん
そっかー。……じゃあ、これは?
ななみさん
ななみさん
サラさんすごい!それは思いつかなかった。入玉形にすると桂馬の王手を心配しなくてよくなるんだ!
サラさん
サラさん
じゃあ、これは?
ななみさん
ななみさん
後手玉が「△2九と」と「△18歩」をセメダインで固定していたら、先手に持ち駒が多ければ▲2八銀から玉を引っ張り出して詰みそう 。ポケットにセメダインが入っていなかったら……
サラさん
サラさん
後手に持ち駒があれば”ゼット”だ!
こうして、サラさんとななみさんの将棋ガールズトークは夕方過ぎまで続いていくのでした。

(おしまい)

あとがき

「しょうぎーく」リニューアルということで、オリジナルコンテンツを作ってみました。好評であればまた続けていきたいと思います。

参考文献:

「サラの柔らかな香車」(橋本長道 集英社)
「サラは銀の涙を探しに」(橋本長道 集英社)

「365歩のユウキ!!!第2手 将棋の女神(1)」(西条真二、小学館)

「喧嘩商売」(木多康昭、講談社)

素材:
柿木の将棋ソフトウェア
CARAT
いらすとや